鍼灸師 中川 照久

2020/8/26更新

生命を活かす「呼吸」

「気」というものは、東洋思想の中で頻繁に登場する概念の一つです。

日本でも「気をつける」「気が合う」「気が進まない」「気が置けない」「気が立つ」「気が晴れる」「気になる」など「気」という言葉を使った慣用句は日常的に使用されています。

 

「気」と似たような概念は、インド哲学や古代ギリシャ哲学においても登場します。

 

インド哲学においては「プラーナ」と呼ばれ、サンスクリット語で「呼吸」を意味し、生きとし生けるものの生命力そのものとされています。

ヨガでも「呼吸」が大変に重要視されますよね。

 

また、古代ギリシア哲学においても、ソクラテスやプラトン、アリストテレスらが「psyche(プシュケー)」という概念を使用しています。

「プシュケー」も息や呼吸を意味し、転じて生命そのものも指します。

 

東洋医学における「気」も元々は生命力の基盤とされる「呼吸」から発案されたアイディアだと考えられます。

 

大気は、流動し「風」を生みます。

その大気が呼吸によって体内に取り入れられると「身体を動かす原動力」すなわち「生命力」として働くのだ、という考えが「気」という概念の原型なのです。

 

しかしながら、「気」という概念は、様々な側面があるため、理解が極めて困難です。

 

 

天人合一(てんじんごういつ)思想

東洋思想に、「天人合一」という考えがあります。

 

これは、「天(自然)と人は、一体のものである」という考えです。

 

言い換えれば「人も自然の一部であり、同じ原則をベースにしている」という思想のことです。

 

つまりは、

「自然現象としての大気の流動」=「呼吸による体内での気のめぐり」

 

として「人間は呼吸をすることで生きている」という事実から、人間に生命力を与えているのは「大気」すなわち「気」であると考えたのです。

 

 

 

 

あまねく存在する「気」

さらに言えば、「気」というものの恩恵は、物質としての肉体だけに留まらず、精神や霊的な次元(魂)にも及んでいる、とまで考えられるようになりました。

 

そして、ついには霊的な次元にも作用する「気」というものは、物事を変化流動させるものであるのみならず、「全てのものを存在させているもの」としても考えられるようになったのです。

 

人間を含めて全ての物質が存在し、変化、流動できるのは、すべて「気」の存在のおかげ、というわけです。

 

 

「気」の二つの顔

「気」の概念を理解するには「気」は物質に反映するという側面と、物質的には確認できない形而上の側面を同時に併せ持っていることを知らなくてはなりません。

 

「気」は肉眼でその形をとらえたり、「気」そのものを手で触って確認することはできません。

 

しかし、物質的なものの基盤を成しているため、人や物の形を確認しているという事は、ある意味で「気」の存在が物質に反映された形で確認できている、ということもできます。

 

また、人間が活動したり、風が吹いたりするのも「気」が「動きに反映された状態」ということでもあるのです。

 

 

気が滞る「気滞(きたい)」

鍼灸治療も人間の「気」の流れを整えることで、病を治す治療法の一つです。

 

人間を人間たらしめ、人間を動かしている「気」の流れが滞ってしまうことを、「気滞(きたい)」と呼びます。

 

この気滞という「気」の異常な状態を解消することが鍼灸治療の本質である、と私は考えています。

 

そう考えると、この気滞を発見する能力こそが、本質的な鍼灸治療の良し悪しを決定する大きな要因になりうる、とも言えます。

 

 

 

 

「気」は目に見える?

私は、今まで「私は気を見ることができる」と豪語する何人かの鍼灸師の先生にお会いしたことがあります。

 

しかし、残念ながら私には「気」そのものを見ることができません。

 

ですので、私は「気」の乱れによって生じた物質的な微小の変化を発見することで、物質に反映された「気」を見ています。

 

「気」を見て取ることができる先生方はおそらく「気」が乱れていない状態であっても、「気」そのものを見ることができるのかも知れません。

 

これは、本当に凄いことです。

 

 

「気滞」が起こす物質的変化を感知する

「気」そのものを見るためには技術だけではなく、ある程度の素養が不可欠であるように思えます。

 

しかし「気」が乱れて「気滞」を生じると、物質的な変化として何らかの形で肉体に現れることが多いです。

 

この物質的な変化は訓練次第で、誰にでも分かるようになります。

 

 

 

「気」はあなたの最強の味方

そもそも「気滞」は、何らかの問題を解決するために生じます。

 

それは、臓器の異常かも知れませんし、栄養不足かも知れませんし、感情の乱れかも知れません。

 

何らかの異常事態が起こると、その問題の解決を図るために、「気」は本来の運行経路から脱線して、問題のある体の部位と健康で元気のある体の部位を連絡するとこで、問題を解決しようとします。

 

つまり、「気滞」とは炎症反応のように、人間の心身を回復させるために生じるのです。

 

また、「気」は本来の経路から脱線し、身体の表面(体表)に突き出して、身体の外に助けを求めることがあります。

 

そして、このような場合にこそ「気滞」が物質的に目に見える状態になりやすいのです。

 

 

「気滞」が起こす身体の変化とは・・・?

具体的に、「気滞」が肉体に及ぼす変化は多岐にわたります。

 

ある部分が、非常にピンポイントで硬くなっていたり、へこんでいたり、出っ張っていたり、冷えていたり、熱を帯びていたりします。

 

これは、分かりやすい変化ですが、よく見ないと分からないものもあります。

 

例えば、体毛の走行が一部だけ乱れていたりとか、皮膚の感触が一部分だけ違うとか、皮膚の色が微妙に異なるポイントがある、など少し見つけるのが大変な場合もありますが、鍛錬を積めば即座に見抜くことができるようになります。

 

この「気滞」を発見することができたら、その気滞の性質によって、鍼を打ったりお灸をしたりして、その乱れを解消していくのです。

 

これが、私が考えるところの鍼灸治療の本質です。

 

 

「気」そのものとは・・・?

しかしながら、「気」そのものを理解するのは、やはり容易ではありません。

 

「気」そのものは、物質ではないため、エネルギーですらありません。

 

「気」の本質的な存在は、五感では感知できないため、当然言葉で説明したり、科学的に証明することはできないのかも知れません。

 

 

「色」を説明するには?

「気」を説明するというのは、生まれつき全く視力がない人間に「色」という概念を説明することに似ています。

「色」は、目で見ることはできますが、触ることはできませんし、においも味もしません。

どんなに丹念に言葉で伝えたとしても、色彩がもたらす情動などを視覚情報以外で伝えるのは、極めて困難です。

「気」も同様に、物質ではないため、物質的な「脳」で理解することは難しいのです。

しかし「気」を実際に体感することはできます。

 

 

「気」を操る専門職

鍼灸師は「気」の概念と共に働く専門職です。

 

「気」がどのようなものなのか知りたい方は、鍼灸治療を受けることで「気」を体感してみることをお勧めします。

 

「気」は、目に見えなくても、手で触れることができなくても、あなたを常に全力で応援し、かたときも離れることはありません。

 

つまり、あなた自身も「気」というものを常に反映して生きているのです。

 

 

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